電子書籍の世界で出版社や編集者は必要とされるのか

2010/01/30 20:22 | 2 Comments

iPadが発表されたことで、いよいよ電子書籍の可能性がマジメに議論されるようになってきたようだ。今話題になっているのは、「出版社や編集者って必要なの?」ということらしい。「本」のサプライチェーンを考えてみると、「企画」「執筆」「校正・編集」「レイアウト・デザイン」「製本・印刷」「在庫管理」「営業(書店の売り場確保)」「宣伝」「読者の対応」だろうか。そして、今まで出版社や編集者が担ってきた「校正・編集」より後ろの工程のうち、電子書籍によって大部分が不要になってしまうのではないか、ということが問題になっている。おそらく「製本・印刷」「在庫管理」「営業」あたりは、電子書籍になれば全部不要になる。これははっきりしていると思う。


だとすれば残りの部分について、出版社や編集者がどの程度必要とされるのかということだ。おれも何冊か本を書いているので、編集周りの作業が非常に大変であることは、何となくではあるが知っている。

たとえばレイアウト。書籍では、節や章の切り替わりではページ送りが発生することになるが、編集者はページ送り時の余白がなるべく少なくなるように、スペースや画像の配置などをいろいろと工夫をしなくてはならない。(編集者側の努力ではどうしても余白が埋まらない場合は、「この節の余白を埋めるために、あと300字程度内容を追加してください」と著者に依頼することになる。)

また、「~ページを参照してください」というような他のページの参照箇所と、実際のページ数のつじつま合わせもかなり面倒くさい。書籍の執筆は初校、第二校、第三校というように進んでいくのだが、具体的なページ数が入るのはかなり後の方になってからである。また、いったん具体的なページ数を入れてしまった後では、ページがずれてしまうような修正(内容を追加したり削ったり)は基本的にできなくなる。参照と言うことでいえば、索引の作成なんかも地味に面倒くさい作業になる。

だから、こういった苦労をしてきた出版社や編集者からすれば、「印刷や流通が必要なくなったとしても、本を出すまでには他にもいろいろと大変な作業がいっぱいあるんだよ。それを著者だけで全部やれるわけねーだろ」という思いは当然あると思う。


でも電子書籍上では、ここで書いてきたような編集作業もほとんど不必要になってしまう。たとえば、レイアウトや余白を編集側では制御することはできなくなる。文字の大きさや行間、フォントの種類などは、すべて読者が自分に合わせて変えてしまうからだ。(今のKindleを見れば分かる。)文字の大きさが自由に変えられるということは、ページも自動的にずれていくため、相互参照の形もソフトウェアが自動的に調整する形になるだろう。また、索引も必要なくなる。電子書籍がテキストのデータを持っているのであれば、全文検索すれば済んでしまう。

つまり電子書籍では、「編集側の行為の一部が読者に委ねられる」という形になるわけだ。その結果として「編集や校正」という仕事の中身も変わってくる。(だから、電子書籍のオーサリングツールは、電子書籍ならではの都合を考えた機能を持たなければならなくなるだろう。たとえば相互参照をページ以外の単位で指定できる、など。)電子書籍の世界で出版社や編集者がどれくらい必要とされるのかは分からないが、少なくとも「レイアウト・デザイン」という工程は、紙の書籍におけるような重要性を持たなくなるという点から考えても、生き残りが大変になるのは確実なんじゃないだろうか。

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この記事へのコメント
上原 昭宏(2010/02/05 09:21)
流通やデザインなどは、重要度が低下するのに同意です。
読んでいくうちに、出版社には、何を書くかの企画力とそれから派生するブランド力、複数媒体への展開に必須の著作権管理、原稿を一括買取するなどの資金プール、の役割が重要になるかと思いました。
uru(2010/02/05 19:50)
そうですね。出版社や編集者が不要になるわけでは決してないと思います。ただ、著者や読者に対してどういう付加価値を提供できるか、今までよりも意識しないといけなくなるというだけで。

いずれにせよ、出版における選択肢が1つ増えることはほとんどの人たちにとっていいことだと思っていますし、期待もしています。
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